調べるにも、ほどがある(過去インスタライブから)
調べるにも、ほどがある——「検討し続ける」ことの落とし穴
家づくりを考え始めると、多くの方が熱心に情報を集められます。それ自体は大事なことです。でも私は、あるところで「もう調べるのをやめませんか」とお伝えしたくなることがあります。今日はその話をさせてください。
知ることは大事、でも知りすぎると動けなくなる
世界中の知識の量は、加速度的に増え続けています。自分が知れることなんて、そのほんの先っぽくらいのものです。ソクラテスの「無知の知」ではありませんが、私も知らないことばかりですよ。
問題は、知れば知るほど、かえってわからなくなることがある、ということです。あらゆることを想定して判断しよう、なんて言う人がいますが、あらゆることなんて想定できません。だいたい全体の7割くらいわかったかなと思ったら、もう判断していくしかないんです。
なぜ判断しないといけないのか。答えはシンプルです
物事は動いて、変化していきます。チャンスは逃げていきます。そして——身も蓋もない言い方ですが——人は死ぬからです。人生は終わるからです。だから毎日毎日、私たちは判断しているわけですね。今日何を食べるか、この配信をするかしないか。そのすべてが判断です。
情報を集めるのは、判断するためです。でも集めてばかりでアウトプットしなければ、何のためのインプットだったのか、という話になります。
「今の暮らし」が、どんどん不幸になっていく
ここが一番お伝えしたいところです。現状を変えないまま、子育ての家の情報ばかり仕入れていると、今の暮らしそのものが、どんどん不幸になっていくんですよ。
「こんなのは嫌だ」「こんな暮らしがしたい」という思いがあるのに、動かない。すると、よろしくない状態がずっと続く。フラストレーションが溜まる。それはお母さん自身の心身の健康にも、お子さんにも、いい影響があるわけがありません。その日々が続くことが、そのまま人生になってしまうんです。
フライパン一つ選ぶのにも、キリがない
私も山小屋のフライパンを一つ買おうとして、ネットで調べ始めたら、どれもこれも「長持ちする」「よく焼ける」と書いてあって、いつまでも決められませんでした。調べ始めればキリがない。その間に、ご飯が食べられなくなってしまう。
土地も家も同じです。「もうこれぐらいでいいじゃん、次行こうぜ」というくらいの感覚で判断していかないと、人生が終わってしまいます。プロに任せられるところは、信頼できる方に任せればいい。家一軒には三十もの業者さんが関わってくださるんですから、全部を自分で調べて知ろうとする必要なんて、ないんですよ。
検討期間と、うだうだ期間は違います
検討するのは大事です。でも、検討し続けるのはやめませんか、という話です。ちんたらしている間に、お子さんは大きくなり、自分も年を取ります。大きな時間軸の中で「今のままか、それ以外か」に、ちゃんと向き合う。それだけのことなんですね。
知性というのは、無限の知識を追いかけることではなく、「どのあたりでやめておこうか」を見極める力のことでもあると、私は思っています。それでは、今日もよい一日を。

