私たちの考え

叔父の命日(過去インスタライブから)

叔父の命日に思う——「要は無常」という、私の生き方の骨格

今日は3月13日、金曜日。叔父の命日です。おじいちゃんおばあちゃんの命日は覚えていないのに、叔父の命日だけは忘れられないんですね。今日は、私の価値観の根っこにある話を、させてください。

18歳のとき、アフリカで叔父が亡くなった

私が高校3年生、卒業式が終わって受験も終わった頃、叔父が亡くなりました。アフリカのケニアです。三菱重工の研究所のエンジニアで、世界中で仕事をしていた人でした。地熱発電の現場で、タンクの中の腐食を点検していたときに落ちて、一酸化炭素中毒で。助けに入った現地の方も亡くなって、二人が亡くなったんです。

私は遺族の一員として、母について、遺体を引き取りにアフリカまで行きました。初めての海外で、たぶん飛行機に乗ったのも初めてでした。50代で、努力家で、元気にバリバリやっていた人が、あっさりと亡くなる。「本当に死ぬんだな」と、現実を見ました。

「要は無常」——常ではない

高校の古文で習った「要は無常」という言葉だけが、なぜか記憶に残っていました。常ではない。元気だった人が、いきなり亡くなる。それがいつ、どこで、誰に起こるか分からない。

私はアフリカで、大学の合格発表を聞きました。国際電話で「通ったよ」と。浪人する気もなかったので、「いつ死ぬか分からないな、行ける大学があるなら生かしてもらおう」と思って、そのまま進学することにしました。この経験が、私の価値観のベースを作ったんですね。焦ることはないけれど、つまらないことに命を使わない。何が大事なのか、どこに命を使うかを、ずっと考えて生きていく人生になりました。

叔父が残した、もう一つのこと

叔父はちょうど、古い家の建て替え契約を済ませていたんです。「海外へ行くときは何があるか分からないから、後のことを頼む」と、うちの両親に言い残して。

亡くなって、遺族は「やめようか」と迷いました。でも「絶対に建てないとダメだ。安心して暮らせるものをと託していたんだから」と工事を進めて、立派な家ができた。今もそこで、奥さんとおばあちゃんとお子さんたちが、立派に暮らしています。安心して暮らせる場所を、叔父は残していったんです。

私が「やると決めたら前倒しでやる」背景には、この体験があります。ちゃんとしたものを終わらせておけば、不測の事態の後でも、残された人にダメージを最小化して、安心して暮らせるものを残せる。

保険金3000万では、家は建たない

お金の話はみんなしますが、時間や命の話はあまりしません。でも、旦那さんに「あなたが今死んだら、奥さんとお子さんはどうなりますか」と。大事なら、ちゃんと住めるところくらい残しておけ、となるわけです。

3000万の生命保険に入っていても、それで家は建たない。投資信託に5000万あっても、「だから何」という話です。住むところを確保しておくことは、お金に換えられない、責任なんですね。

だから、もたもたしない

生きているということは、いつか死ぬということ。それがいつかは分からない。じゃあ、人生をどうするか。それが一番大事になってきます。

相談を受けたら、できるだけ早く、もたもたしない。1年、2年とかかってしまうんですよ。早く完成させて、引っ越させてあげたい。貴重な時間を、命を、どこで過ごすか、ですから。

うだうだしている期間は、長く持たない方がいい。したいなら決める、しないなら「やめた」と言えばいい。したいと言ってしないのが、一番面倒くさいんです。損得を考えるより、どう生きたいか、子どもをどう育てたいか。「いい人生だった、やることをやったな」と終わっていけるように。私は「要は無常」ということで、ずっと生きているんですね。それでは、今日もおとなしく過ごします。

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私が書いています

代表取締役 小川勇人(おがわはやと)

代表取締役 小川勇人おがわはやと

1973年長崎の小さな工務店の長男として生まれる。2000年頃、シックハウス症候群と様々な社会問題が子育ての住環境に起因していることに気づく。以降、子育てを優先した家づくりに徹する。日経ビジネス誌にて「顧客の人生を助ける善い会社」として紹介(2015),著書「暮らしは変えられる」(2008)#妻と二男一女#ウルトラマラソン#登山#MBA(長大大学院,2014)#熊大工学部(1996)#長崎東#福大非常勤講師

暮らしは変えられる 「子育て優先」という選択 小川 勇人  (著) 小川 勇人のFacebook
子育ては、小川の家。