ウッドデッキは腐ります。それが何か?(過去インスタライブから)
「ウッドデッキは腐りますよね」——はい、腐ります。それが何か?
家づくりのご相談で、よく聞かれる質問があります。「ウッドデッキは腐りますよね」。今日は、この質問に私がどう答えているかをお話しします。
はい、腐ります。人間も死にますよね
木ですから、腐ります。5年か10年か、使い方やメンテナンス、気象条件で傷み方は変わりますが、いずれ腐る。それが前提です。
でも私はいつも思うんです。「それが何なんだろう」と。木が腐っても、何ら問題はないんですよ。「木が腐りますよね」と言われたら、私は「はい、人間も死にますよね」とお答えします。私も死ぬし、あなたも死ぬ。それと同じことなんです。傷んだら、パーツごとに交換していけばいいだけですから。
本体とは、構造的に切り離してあります
技術的な話を少しすると、うちのウッドデッキは建物本体と構造が分離されています。だからウッドデッキが腐っても、本体が腐るわけではないし、雨漏りするわけでもない。丸ごと交換もできるし、いっそフェンスに変えることもできる。合理的によくできているんです。
なぜアルミではなく、木なのか
自社施工していた頃も、「アルミ製のベランダに変えてほしい」という仕事は、私はずっとお断りしてきました。ウッドデッキだからこそ、価値があるからです。
おばあちゃんとお孫さんと奥さんが、ウッドデッキでバーベキューをしている写真があります。私の大好きな一枚です。あの空気は、アルミのフェンスでは生まれないんですよ。子どもが寝転がるのも、芝生に寝転がるのと同じで、木のぬくもりがあるから。朽ちていくからこそ、また良さがある。それが私の価値観です。
木は、材料がずっとあります。腐っても燃やせて、産業廃棄物にならない。いつでも誰でも調達できて、循環していく。長期的に見て、これはとても大事なことだと考えています。
「50年保証」の方が、私は無責任だと思う
車だって、10年乗れば廃車ですし、その間にオイル交換もタイヤ交換も車検もある。維持費は発生するものです。それをウッドデッキだけ「腐るなんて大変だ」と言うのは、現実的じゃないんですね。
そして私は、何十年保証という約束の方が、むしろ無責任だと思っています。この先どんな社会情勢や環境変化が起こるか分からないのに、何でも保証しますというのは、その場限りの口約束です。「すぐには壊れないように作る」のは当たり前。でも、猛烈に保証を求めること自体が間違っているんですよ。
「今考えること」ではない問題を、大問題にしない
木は腐る。でも、いきなり完成して壊れることはありません。傷んできたら自分で見て、そろそろ交換しようかなと思ったときに交換すればいい。それはその時に考えればいいことなんです。
30歳の人が「老後はどうするんですか」と言うのと同じで、今対処しなくていい問題を、あたかも大問題のように語る必要はない。それより、この5年10年をどう考えるか。そちらの方が、よっぽどリアリティのある話なんですね。
腐るからこそ、そこに家族の思い出が積み重なっていく。木のぬくもりのある暮らしには、お金をかける価値が十分あると、私は考えています。それでは、また。

