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ニンテンドーDSか、子育ての家か

『ニンテンドーDSか、小川の家(現:子育ての家)か』
【2011.8.1 社長のブログより転載】
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もう8月、早いです。
※と記して気づいたんだけど、何と比べていつから早いのだろうか、、、
それが一体何なんだ、と一人ゴチる。
38歳な私。去年とどう変わったか、この一年の成長は分かりません。
しかし我が家の3兄弟は毎日ぐんぐん成長していることを朝晩実感しています。
皆さんのお子さんたちのかけがえのない幼少期、命をなににどう使っていますか。
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子育てを夫婦の喜びや幸せと捉える人のいれば、子育てというより家庭そのものを単なる重荷と思っている人もいる。
その受け止め方は「子供のために家を建てる」という選択肢を提示された時、その態度で明確となる場合がある。

子育てを、暮らしを、家庭を、楽しみたいと思いつつも住環境が原因で望む暮らしが叶わない悶々とした日々を過ごし、人生が充たされないまま終わる人がたくさんいる。

他方、同じような状況下から望む暮らしを叶えていく人もいる。

フランクルが言うように、
自らの意思を映し出しているのがその人の人生なんだと思います。

<日本人の住居とモノ>
モノで埋め尽くされていませんか。ご自宅?
家具以外のモノが床に置いてあると、危険水域です。

子供たちは、モノに関しては、要不要、大事かどうかには無関係で、何不自由なく買い与えてもらえる。
どこに行っても至れり尽くせり。

そういう社会、家庭環境で生きているにもかかわらず、子供たちは活き活き、意欲的に生き、育っているかというと、幼少期は潜伏期間だったのか、ずっと蓄積され続けた結果なのか、成長とともに無気力感が表面化し、社会問題化してくる。

例えば、引きこもり状態は100万人を超えたわけだが「表に出ない」わけですから、私たちの日常生活で実感することは殆どない。

児童虐待、自殺者も同様。

スタジアムに2万人集まれば、それがいかに大きく深刻な問題であるかは「見える」がそういうわけにはいかない。

モノが多い→子供は幸せ
子供に元気がない←モノが少ないから

というまちがった認識が、それに拍車をかける。

私自身、子どもにモノやサービスを安易に買い与えることでその場を「カネとモノ」で解決するのが容易な時もある。

でも「それって、どうなの?」「本当に子供のためになるのだろうか」といちいち立ち止まり、かといってじっくり比較検討している時間はない、なぜなら泣き叫ぶ子供、成長する子供がそこにいるから。買うか買わないか、どうするか、結論を出さなければならない、なぜなら、父親だから。

時に、カネとモノで解決し、
時に、まったく別次元の解決策を考案し、
時に、泣き叫んでも「ダメなものはダメ」を通す。
基本、どうするかという選択肢は限られている。

結局その使い分けのちがいが、子育て観、人生観、価値観のちがいなのだと思います。

<自宅にて日中>
子供が外遊びをしたい!
歌を歌いたい!と泣き叫んでいる

そんな日常(直面する課題)に対して、解決策は二つ、
・「ニンテンドーDSを買いに行く」
・「自由に外遊びができる家を建てる」

「子供のために家を建てる」という判断は、
ポケットマネーで解決する次元ではない。

おじいちゃん、おばあちゃんにおねだりしても、
指示を仰いでも解決しない。

だから、「子供が喜ぶから」という理由でおもちゃを買い与えるようにはいかない。

「子供のために、家を建てる~子育て優先という選択」

ある人にとっては「価値がある」
ある人にとっては「もったいない」となる

カネとモノは生きるための道具であり、生きる目的ではない。
生きる目的や意味を問い、それに必要な道具を、稼いだカネで買いそろえる。

小川の家(現:子育ての家)は、道具である。
家族が日常を豊かな心で健康に暮らすための、子育ての、暮らしの道具である。

子育てを優先した家づくりはその手段である。

マイホームそのモノは、生きる目的ではない。

付記:
お金と家族の時間の使い方として「もったいない」のは、ニンテンドーDSなのか、小川の家(現:子育ての家)とその暮らしなのか。それが価値観、人生観、大事なもののちがいだと思います。

2011.08.01

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社長の小川です。忘備録。

金曜の夕方、事務所と公園の草刈り、後片付けを、伊藤と二人でやった。
事務所に戻り、「勇人さん、過去のブログで、すごくいいのがありました」と彼女がいう。

「ニンテンドーDSと小川の家」
記憶には全くないが、2011年のブログとのこと。
自分が書いたとは思えないが、まあ、その通り。
そしてそれは14年経過した今も変わらない。

14年前といえば、伊藤は10歳、30歳前後のお客様だと、高校生でしょうか。

命を何に使うか、どこで使うか。

多くの人があまりにも雑すぎる。

私は雑な人生を歩む人とは付き合わないことにしている。

きっとOB皆さまは特に共感いただけるかと思いますが、この言葉は弊社の本質そのものだと思います。

小川の家(現:子育ての家)は、道具である。
家族が日常を豊かな心で健康に暮らすための、
子育ての、暮らしの道具である。
子育てを優先した家づくりはその手段である。
マイホームそのモノは、生きる目的ではない。

付記:
お金と家族の時間の使い方として「もったいない」のは、
ニンテンドーDSなのか、小川の家(現:子育ての家)とその暮らしなのか、
それが価値観、人生観、大事なもののちがいだと思います。

今日の業務の中で、たまたま2011年の社長ブログに出会った記事です。
時代が「ニンテンドーDSだった頃、「小川の家」の頃から、何一つ変わっていないこと、生きることの本質を突いた内容に衝撃が走り、再発信しました。

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私が書いています

代表取締役 小川勇人(おがわはやと)

代表取締役 小川勇人おがわはやと

1973年長崎の小さな工務店の長男として生まれる。2000年頃、シックハウス症候群と様々な社会問題が子育ての住環境に起因していることに気づく。以降、子育てを優先した家づくりに徹する。日経ビジネス誌にて「顧客の人生を助ける善い会社」として紹介(2015),著書「暮らしは変えられる」(2008)#妻と二男一女#ウルトラマラソン#登山#MBA(長大大学院,2014)#熊大工学部(1996)#長崎東#福大非常勤講師

暮らしは変えられる 「子育て優先」という選択 小川 勇人  (著) 小川 勇人のFacebook
子育ては、小川の家。