MY LIFE

53歳誕生日

昨日は誕生日ということで、たくさんのお祝いメッセージありがとうございました。
53歳になりました。

久しぶりに母と電話で話をしました。
大分から帰ってくる道中で暇だったので。

叔父がアフリカ出張中に亡くなったのは53歳です。その年になったということで、母はあれこれ心配してくれています。

叔父の遺体を引き取りに遺族の一員としてアフリカの地に行ったことで、私は「世は無常」という人生観で生きるようになりました。

おかげさまで、病気もせず、入院もせず、手術もせず、トラブルもなく、常備薬もなく、元気に人生を歩んでいます。

一昨日が門川(宮崎)での打ち合わせだったのですが、さすがに1日で往復10時間運転するのは危険なので、大分に宿泊しました。

帰りに湯布院の庭工事を確認してきました。素晴らしい仕事ぶりで、ふとなんでこんなことができてるんだろうかと、しみじみと思いました。

一般的に言えば「リスクを取ったから」ということになるんでしょうけれども、結局何だろうかと思うと、自分の性、思考、価値観に合わないことをしなかったということなんでしょうね。もちろん思考も価値観も性格も変わってはいくわけですが、いずれにしても、受け付けないというか拒絶反応があることはしないことなんでしょうね。プランBというか、他の道を考えて、歩んでみる。

最近はオブラートに少し包めるようになりましたが、一方で割り切りも早くなりました。とにかく面倒くさいことはしない。

元々「クソったれ」と思うようなことが起こると、「二度とこんな思いややりとりはしたくない」と思うと、じゃあどうすればよいか、全く別の仕組みを作る癖・習慣があります。

一般的にはそれを受け入れて、ストレスとしてというか「そんなもんだ」というふうに受け入れるんだと思うんですけれども、僕の場合はそうじゃなくて、「なんだこの野郎」と思うと「二度とそんな目に遭うか」というふうに考えて手を打ちます。

おそらく、自分で稼いでいるというのがベースにあるんだと思うんですね。

一般的には組織から給料をもらいますが、僕は自分で自分の稼ぎの源泉を生み出しているわけですから「なんで一生懸命やっていて、気分の悪い思いをしてまで」というふうになってくるんです。そうすると、もう嫌だ、やめたと。別の方法を考えよう、命がもったいない。

毎日必死
適度に横着である(謙虚さに欠ける)
頑張りすぎない(頑張らない)
ええかっこしない
社長と呼ばれる場に行かない
運気の悪いところには近づかない
貧乏臭くならないようにする
諦める
スケジュールは常に空白
戦わない、競わない、争わない
最悪のケースを最初に考え、受け入れ、そうならないようにする
不器用
あれこれできない
元気と心身の健康維持が最優先

逆境、危機や問題が起こると、不思議とパワーが湧いてくるんですよね。あー、自分にこんな潜在能力があったのか、って。

宮崎往復750km
久しぶりに稲盛さんの「願望を叶える経営」のCDを何十回も聞きながら行きました。もやは何百回聞いたかわからないですけど。

稲盛さんが教えてくれた通りに、本当になりますねえ。

で、中小零細企業の経営者・事業家の資質として案外大事なことは、頭がそれほどよいわけではないことだと思います。僕はあんまり頭がよくないから、それが功を奏している。リスクが計算できないし、あれこれ考えるほどの脳みそが無い。バカは風邪引かないのと同じように、バカは案外生き残る。

写真は母がお祝いで買ってきてくれたお肉。妻と娘と三人しかいないのに、この塊をたくさん買ってきてくれて(苦笑)

53歳も人生をより面白くするよう引き続き毎日必死に生きます。引き続き、お付き合いください。

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私が書いています

代表取締役 小川勇人(おがわはやと)

代表取締役 小川勇人おがわはやと

1973年長崎の小さな工務店の長男として生まれる。2000年頃、シックハウス症候群と様々な社会問題が子育ての住環境に起因していることに気づく。以降、子育てを優先した家づくりに徹する。日経ビジネス誌にて「顧客の人生を助ける善い会社」として紹介(2015),著書「暮らしは変えられる」(2008)#妻と二男一女#ウルトラマラソン#登山#MBA(長大大学院,2014)#熊大工学部(1996)#長崎東#福大非常勤講師

暮らしは変えられる 「子育て優先」という選択 小川 勇人  (著) 小川 勇人のFacebook
子育ては、小川の家。