おくんちと学校教育の想い出
長崎は【おくんち】一色です。
370年以上も続く、諏訪神社の伝統的祭事です。
長崎’市民’の祭り、と言われますが、
私にとってのおくんちは、市中心部のごく一部の特定・限定された方たちのものであり、
見物人の一人にすぎない。
というのも、
私が通った小中学校は、長崎市に隣接した西彼杵郡でした。
1km離れた’市内’の学校のは、おくんち期間中は休校又は半日休みでしたが、
我が母校では、「あれは市内の人たちの祭りだから、(あなたたちには)関係ない」
という説明を受け、通常通りの授業。
おくんちといえば、夜、出店をめぐる程度で、本来の祭事とは無縁。
高校生になりました。
我が母校は、諏訪神社のすぐ上にある長崎県立長崎東高校。
10月のおくんちの3日間、何が待ち受けているかというと、
おくんちの日程に重ねた「実力テスト」です。
理由は、「おくんちに行かせない(遊ばせない)ため」です(笑)
※今、どうなっているか知りませんが。
先生はこう言っていた
「おくんちなんて、いいから(不要だから)、勉強しろ」と。
付記すると、私のクラスはさらに特殊で
高校野球の県大会。高校3年の夏、母校・仲間が出場している試合。
補習授業が終わり、他のクラスの多くが応援に駆けつけていたにもかかわらず、
我がクラスはというと、
「はい、教科書出して。」と何事もないかのように
補修が終わっての、さらに授業が続いていた。
8時間目、9時間目の世界。
先生はこう言っていた
「応援してる時間があったら、勉強しろ」と
僕も(みんなも)そんなの変だと思っていた。
で、僕はたぶん先生に口答えしていた(笑)
おかげさまで、我がクラスの面々は、現役で東大2名を筆頭に、京大、阪大、
名古屋、神大、東北大、九大、広大、そして国公立の医学部などなど、
国公立大学理工系のエリート大学へ皆進学していきました。
振り返ってみると、「相当出来る」クラスだったと思われます。
※口答えしていた私は、前期で九州大学に落ち、後期で熊本大学にめでたく合格。
熊大で有意義な学校生活、人生の礎を築くことができました。
文化、芸術、地域、伝統が大切だと言われつつ、
衰退傾向にある日本の現状。
教育の目的が多様な物事から「学び」それを「生かす」ということであれば、
目の前に300年以上も続くおくんちを学びの場にしない、などという判断は
あり得ないように思うのですが、勉強の優先順位が「受験⇔合格」
となってしまっている以上、「おくんちは後回し」とならざるを得ない。
とはいえ、
私の人生は不慮の事故などに巻き込まれない限り、長い。
まだまだ学び、活かす機会は十分あります。
桟敷席で見た経験はありませんが、
人生を遊ぶ、楽しむゆとりも少しでてきたので、
来年以降、準備してみようと思います。
還暦ポルシェに続く目標は、
還暦タニマチでしょうか(笑)