なぜ家探しをするのか?〜資料請求・相談の目的は何か〜
家を建てる目的は何ですか?なぜあなたは家を建てたいのですか?どんな家は欲しいですか?どんな土地に住みたいですか?部屋数は?予算は?土地の広さ、建物の広さ、部屋数、設備、タイミング、金利、仕事、学校、あれこれ検討課題はある。
最近の個別相談を通じて、今朝、走りながら思ったこと、それはなぜ家探しをするのだろうか?家を探す目的は何だろうか?資料請求や相談の目的は何だろうか?数年後のため、というけれど、数年後の何のため?情報収集は何のため?ネットを眺めるだけではなく、なぜ私に相談するのだろうか?
暮らしを変えたいから相談する、人もいれば、情報収集のために相談する人もいる。
後者の場合、結局、情報収集の目的は何だろうか?何となく?
何となく質問して、何となく答えてもらって、それって結局、何が目的なのだろうか?目的がないのなら、なぜわざわざ相談するのだろうか?暇だから?いや、暇なはずない。興味関心?それで何かを知ったとしてもそれって結局、実は何の役にも立たない。断片的な情報や知識は、ほとんど意味がない。
なぜ僕のブログを読むのだろうか?
なぜ僕のインスタ配信を見るのだろうか?
子育てが終わった人や、OBの皆さん、私の友人知人が興味があるから見るのはわかる。だけど、育児子育て奮闘中の人が、わざわざ眺めて、あえて相談までする理由、目的は何だろうか?
実は
・誰もその人に向き合ってくれる人がいないからではないか?
・どうしたらいいかわからないからヒントが欲しいから?
でも、どうしたらいいか、というのは、何かをしたいという自分の何かがあって、それを叶えるにはどうすれば良いか、ということなら理解できるけれど、何をしたいかわかりません、という相談には、どう向き合えば良いのだろうか。
これって思うに、ご主人も妻の話に向き合ってくれないんでしょうね。またいつものことか、みたいな。それがたまたま家の話であり、それ以外にもあれこれある。何かを真剣に向き合う必要がない。世の中の何となくの流れ、傾向にのっていけば問題ない。
キンキンに冷えた渡月橋で改めて思う。
なぜ、家探しをしているのか?今の住まいで特に困っていないし、子供のために何とかしたいとは思っていないのに。なぜ、長崎の私に相談するのか?
私が信頼たり得るからか?けれども、実際に私に依頼しない限り、断片的で、表面的に得た知見=まさにネットで齧った程度の情報で、目の前に次々と出てくる問題、個別の難しい判断を適切に乗り越えていくことができるのか?
ま、よくわかんない。
なので、深掘りして、対話するしかない。