だから、そうなのよ。
我が子が骨折・大流血、発作を起こせば、どんな親でも病院へ駆け込む。
それは我が子の健康が何より大切だと判断するからだ。
これに対し、安く便利と言うだけの住居(=シックハウス)によって、母子が病んでいく状態というのは、目に見えない。
従って、小川の家を通じて、現住居が劣悪だと自覚・認識したとしても、「我が子の健康が何より大切」と判断して何とかして脱出させてあげよう、とはならない。
そして昨日より、今日、今日より明日という具合に、着実に子どもたちだけでなく母親の心も体も病んでいく。そうなると、おそらく前向きに生きる意欲は徐々に失われていく。
健康=幸せと定義できないのと同様、
不健康=不幸とは言えない。
これは人生観・価値観の違いによるが、、、
小川の家のお客様の家族観・価値観というのは、
子どもの健やかな成長を家族の、自身の幸せと捉えている。
故に、健やかに成長できるような、育つような環境整備を最優先して力を注ぐ。
拙著のタイトル「暮らしは変えられる」に込めた思いというのは、「今の暮らしを変えたい」と強く思う人は、必ずその想いは実現するが、「できれば」変えたい人は、永遠に変えることはできないということ。それどころか、客観的状況(=自らが置かれた状況)は徐々に悪化し、変えることはより困難になっていく。それが自身の人生となり、その人生は下降線をたどりながら終わる。
小川の家に資料請求、相談、依頼する理由は、
根本に「変えたい」&「子どもを健康に育てたい」という願いがそうさせるのです。
その背景には「今の暮らしは私と子どもの心身の限界に達しつつある」という現状認識からです。
にもかかわらず、
しかし少しでも自分の思い通りにならない事態が生じると、
「今の暮らしがよい」という解釈する。
【だったら、今の暮らしがベストってことでいいじゃないですか(苦笑)】
私たち小川の家は、あなたに「暮らしを変えること」をセールスしているわけじゃないのです(笑)。
「変えたい」と強く願い、困っている家族のために、私は命を使っているのです。
力強く、すくすく育つ樹木は、枝葉が土台となっているわけじゃない。
幹や土に隠れて見えない根っこの部分がしっかりしているかどうかが成長の礎になるのです。
小川の家づくりとは、この見えない部分と幹をしっかりつくりあげる作業です。
自らの目先の便益しか考えきれず、うまくいかない理由(=自らの要求が120%通らない現実)を夫(妻)や私たち業者の力量不足や社会へ責任転嫁するその姿勢を見るたびに、
「だから、今の暮らし(=不平×不満×不快×不健康な日常)なのよ」
と腑に落ちます。
ネタに事欠かない日常です(笑)