MY LIFE

橘湾岸スーパーマラニックL173km奮闘記②

★樺島(84km)〜川原(96km)
目標タイムに追いついてきた。次のエイドまで約3時間。雨がひどくなってきたのでポンチョ(袖なし)をかぶる。ビニールなので体が蒸して、汗冷えする。
とはいえ、雨に直接、長時間当たり続けると体温が低下するのでそれもまずい。日中の酷暑同様、そもそもこんな悪天候だと走らない(苦笑)。大会だからやむを得ない。

※レジェンドランナーN田さん(北九州、74歳)と少し一緒に歩く。話に含蓄があり、体をはっているので説得力がある。皆さんから愛され、尊敬される御仁です。威張らない!

※O川さんとすれ違う。来年開催予定の173km+40kmをひとりで試走中。出会いは5年前。私はS55km、彼はL173kmでは物足りなく+20km走っていて、最後の5kmぐらいを後ろ向きに歩いていたそのときは練習不足だったらしく、前を向いては歩けないからと。いやはや、これがウルトラなのか、といまでも鮮明に記憶している。

野母崎半島はいつもの練習コース。いつもの癖で、亜熱帯植物園前のバス停で腰を下ろす。飽きる、眠い。

★川原(AM2:20+5分)
水餃子。座敷で一服。擦り傷予防の馬油を足とお尻に塗る。ヘッドライトの電池を交換。

※T野さんとあう。3時間遅れのスタート。相当調子が良さそうだった。深夜にお友達と会えると嬉しいし、元気が出る。

★川原(96km)〜茂木(113km)
最もしんどいエリアの一つ。深夜、アップダウン、民家も街灯も殆どない。人もいない。約3時間をどう乗り越えるか。自分のヘッドライトだけなので、ふああっとしてくる。

これまで同様「走れるけど、走らない、歩きすぎない」を繰り返す。そうすることで、疲れずに、足腰のダメージを最小限に、胃に負担をかけることなく、前に進める。速すぎず、遅すぎず、他人と比べず、に徹する。

※T野さんがあっという間に抜いていった。深夜に、これまで100km走って、この坂道を、淡々と刻んで走っていく姿に惚れ惚れした。すごい。

「きついのは眠たいから」「朝になれば復活する」と言い聞かせる。が、人生で初めて歩きながら寝そうになった。これで溝にでも落ちたらアウト。

先の休憩から90分ほど経過したので、道路脇に腰を下ろし、60km地点で買っていたコンビニおにぎりを食べる。力が入らないからか、ビニールをうまく破れない。それでも胃に詰め込み、リスタート。

さすがにへばってきているので対処が必要。気がつけば糖分を殆ど摂取していない。コーラ断ちのため、血糖不足。あわせて、雨、汗冷えのため内臓が冷えてきている。これは胃を温めて、甘いものが必要だと思い、自販機にて「紅茶花伝HOT」を投入。この季節はhotが少ない。全部は飲めないので半分以上捨てた。もったいないけど仕方がない(この自販機が最後でここから90分なし)
明るくなってきて夜明けが近づいてきた。胃も温まり、おにぎりも効いてきて、ちょっとずつ復活してきた。中間地点の茂木エイドはもうすぐ。

今年はシャワーを浴びないつもりだったが、気持ちを切り替えるために、必ず浴びると決める。すると、「茂木=風呂」と楽しみになってくる。

★茂木(113km)5:30
目標より30分遅いがダメージは最小限。


★茂木(113km)
中華粥を頂く。隣には師匠のK山さん
「リタイアしても腹は減るんよね」と(笑)

今年は、食べる→シャワー→着替え→テーピング→装備の手順。目標30分。
※去年は風呂→着替え→プチ横になる→食べるで50分近く滞在し、ランナーが誰もいなくなっていた(先に食べたほうが消化する時間を稼げるので)

※風呂の扉をあけるとそこにはY村くんが。「関門に間に合わずリタイアしちゃいました」14時スタートはスーパーランナー揃い。彼も凄いがそれでも間に合わないんだなあと。

シャンプーして、体を温めたくて、禁断の湯船に。「10カウント」であがる。モタモタ着替えて、夜間走で不要になったものをザックから抜き、これから必要なジェルなどを補充。眼精疲労を最小限にするために、面倒臭いがコンタクトに変えてサングラスへ。OS1も荷物になるが脱水対策として最強アイテム。また暑さとの戦いになるから。40分後のAM6:10にリスタート。目標より40分遅れ。※さすがに夜通し走り、目が血走っている(苦笑)by茂木にて

※Hさんも川原でタイムアウトだったそうで脱衣所で裸の反省会とエールをもらう。Hさん曰く「ゆっくり行きすぎて、豆ができた」。彼にとってのマイペースは暴走なんだと^^

「お風呂に入るなんて、余裕ですね!」とよく言われる。私の場合、余裕があるから入るのではなく、完走するために入る。これは師匠K園さんから気分転換が大事であること、そのために全身着替え、歯を磨き、シャワーも浴びる、という助言に従っています(湯船やシャンプーは助言に含まれていない・笑)。歯も磨く。ぜひお勧め。茂木の湯船は景色も絶景ですし^^

★茂木(113km)〜日見(130km)
サッパリして、また誰もいなくなって、一人リスタート。焦らずともまだ60km、10時間もある。
それにしてもそれほど遅いペースでもないのに、ランナーが少なすぎる。相当リタイアしているだろうな。

※美ジョガー&金龍ランナーのTさん、Sさんに追いつく。100km、17時間ぶり?雑談しながら進む。睡魔が半端じゃなくて、川原、茂木で仮眠したそう。それでも睡魔が。
彼女たちの強いところは、その復元力。調子が落ちてきたらペースを落とす、休憩する、必要なものを飲み食いする、復活してペースを戻す、これができるからこその金龍ランナーだなあと。あわせてジョグのペースが速い!(僕が遅いというのもある)
今回初めてご一緒させてもらいましたが、走る姿勢やリズム、ペースなど、非常に勉強になりました。

※日見の手前でMさんと再会。あれから90km。熱中症、脱水症状と戦いながらもここまで来ている。その精神力の強さに圧倒される。彼女がボソッと言った「負けたくないなあ。勝ちたいなあ」と。誰かと競争しているのかと思ったら、ちがう。「自分に」だ。この格言、有難く頂戴して僕もスイッチを入れる。彼女も完走した。

相変わらず「走れるけど、走らない、歩きすぎない」を繰り返す。

★網場日見公園:AM8:15(目標+15分、前回より50分弱、速い)


家族と会う。朝まで頑張ったご褒美。元気が出る。豚汁をお代わりする。長居せず、リスタート。130kmスタートから22時間経過。

※友達Sさんが「リタイアしたい」と言い、仲間が「まだいける」と言って手を引っ張っていた。僕はSさんの状態がわからなかったので「よく頑張った」と伝えた。なぜなら、続けたくても続けられない状態もある。心が折れるか、体が折れるか。第三者がやめさせるか。無理しすぎると、二度とやりたくなくなるから。彼女は自らの意思で前進を選択。

★日見〜飯盛峠
Sさんグループを前に眺めながら進む。誰か知っている人が前にいると精神的に楽。ただ、焦って追いつこうとしてはいけない。

Sさんの走り&歩きを後ろから見ていたら、しっかりしていた。仲間が「まだいける」というのも納得。これまで湾岸でリタイアしなければならない人たちの姿をたくさん見てきたというのもある。
追いついた時に、胃の調子を聞くと「大丈夫」ということだった。「足が痛い」と言っていた。走れないだけで歩ける。胃が大丈夫なら補給ができる。ゆえに「だったら、ゴールまで行けるよ^^関門時間までに余裕があるし、僕は前回、120km過ぎから、ただただ10時間、痛みに耐えてゴールしたからさ^^」
師匠Y外さん曰く「小川さん、痛みは痛いだけ、ですよ」。彼女は見事に諦めず完走した。なぜなら彼女はたくさん練習を積んでいたから。

Sさんと由比ケ浜から飯盛峠に向かう海岸にて。

愛用の湾岸特製手ぬぐいをこの辺りで失くした。寒い時にはお腹に、暑くなれば日よけに使える万能の手ぬぐい。これも師匠から教えてもらった小道具のひとつ。探しに戻ろうかと思ったけど、目標達成の可能性があるのでそちらを優先した。誰か届けてくれるかもしれない(実際に届いた!)

飯盛峠の登りで、背中をパーンと叩かれ、抱きつかれた。

誰かと思ったら高校の同級生、親友のYだった。M80km初トライ。さすがの走り。この辺りで会えると思っていたので嬉しかった。元気が出た^^あっという間に彼は見えなくなり、見事9時間30分で完走。
自分の走りをしていて、超かっこよくて、強くてしなやかで。それがまた嬉しかった。

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私が書いています

代表取締役 小川勇人(おがわはやと)

代表取締役 小川勇人おがわはやと

1973年長崎の小さな工務店の長男として生まれる。2000年頃、シックハウス症候群と様々な社会問題が子育ての住環境に起因していることに気づく。以降、子育てを優先した家づくりに徹する。日経ビジネス誌にて「顧客の人生を助ける善い会社」として紹介(2015),著書「暮らしは変えられる」(2008)#妻と二男一女#ウルトラマラソン#登山#MBA(長大大学院,2014)#熊大工学部(1996)#長崎東#福大非常勤講師

暮らしは変えられる 「子育て優先」という選択 小川 勇人  (著) 小川 勇人のFacebook
子育ては、小川の家。