心豊かで健康な暮らし

余命は不確実である

私が18歳、高校卒業直後に、
叔父が出張先の現場で亡くなりました。
私は遺族のひとりとして遺体を引き取りに行きました。
アフリカ、ケニアへ。
それが私にとっての初めての海外。
教会に安置された遺体を見て
古典の授業で習った「世は無常」とはこのことか、と腑に落ちました。
あれから20年超、
どう生きるか、という問いは日々続き、
明日万一死んでも悔やむことがないように生きています。
子育て優先の家づくりを掲げたのも、
そういう人生に対する無常観というのがあったかもしれません。
子育て優先に徹して、
やり続けている根幹にも
世は無常であるという観念があると思います。
実現請負人というポジションで仕事をしていると、
多くの大人たちが「まだ早い」とか「もっといい条件があれば」とか
「もう少し先で」とそろばんをはじく行為に直面する。
私はセールス行為をしないので、
相談者や依頼者は自らの意思で
「何とかしたい」と問い合わせをしてきます。
そういう方々であっても上記のような行為や態度がある。
当然、私が建てましょうということはありません。
先方が抱える問題を解決するにはどうすればよいか、
課題と解決策を提示することに徹しています。
そもそも論でいくと、
人は必ず死ぬ。なぜなら、生まれてきたから。
そしてその余命は不確実です。
実際に不慮の事故や若くして死を迎える人はたくさんいる。
私の叔父もそのひとりでした。
私の大学時代の先輩も同様でした。
先日ある書籍にこう書いてありました
「死の床で自分の人生を振り返ったとき、もっと多くの時間をオフィスで過ごせばよかった、あるいはテレビをもっと見ればよかったと悔やむ人は、果たしてどれぐらいいるのだろうか。答えは簡単だ。一人としているわけがない。死の床にあって思うのは、家族や愛するもののことである。人は誰かのために生き、最後はその人たちのことを思うのだ」
子育て優先というと、
子どもをのびのび健康に育てるために
なぜ親や大人が犠牲にならなければいけないのか、
わざわざ借金してまで、通勤距離が遠くなってまで、
いまは買い時ではない(損する?)
と論ずる人がいる。
その親に問いたいですね。
あなたが明日死の床に入ったとき
「妻や子どもたちが安心して心豊かに健康に暮らせる家を建てておけばよかった」と後悔しないでしょうか。
父親あるいは母親にとって、
家を建てるということは、
自分に万一のことがあっても、
愛する家族の生活拠点を確保しておける、
つまり、路頭に迷わせることなどないということです。
家の広さや設備、駅までの距離の問題とは次元がちがいます。
クリスマスですね。
いろんなプレゼントがあるでしょう。
生活拠点の確保がまだの方は、
ゲーム機やおもちゃにお金を使う前に
頭金にして、大切なことを解決してからにしましょう。
余命は不確実なのだから。

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私が書いています

代表取締役 小川勇人(おがわはやと)

代表取締役 小川勇人おがわはやと

1973年長崎の小さな工務店の長男として生まれる。2000年頃、シックハウス症候群と様々な社会問題が子育ての住環境に起因していることに気づく。以降、子育てを優先した家づくりに徹する。日経ビジネス誌にて「顧客の人生を助ける善い会社」として紹介(2015),著書「暮らしは変えられる」(2008)#妻と二男一女#ウルトラマラソン#登山#MBA(長大大学院,2014)#熊大工学部(1996)#長崎東#福大非常勤講師

暮らしは変えられる 「子育て優先」という選択 小川 勇人  (著) 小川 勇人のFacebook
子育ては、小川の家。