MY LIFE

長男初めての帰省、51歳の誕生日に思うこと

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GW帰省するかどうか決まっていなかったキハチが急遽帰ってくることになり、彼の成長した姿と、1ヶ月ぶりに家族5人で過ごせた夜は、最高の誕生日プレゼントだった。51歳になった。
来年は次男イッペイが巣立つ。
子供の成長に照らして、自然と自分のことを振り返る。
19歳、自分の大学1年は熊本。GWは水泳部の合宿スタートだった。
冷たいプールで初めて練習した想い出がある。
東京の大学への憧れに対比して、熊本の地方国立の古い50mプール。
熊大で、しかも土木で(大学の中でもドン引きされる学科)、体育会水泳部で、ファッションのフも、おしゃれのおも微塵もない大学生活だったけど、大切なものは何かを教えてもらった学生生活だった。骨格となる価値観が形成された4年間でもあった。
田舎者がダサいとは限らないが、総じて田舎者はダサい。それは外見のファッションだけでなく、思考が。排他的になるというか、そもそも新しいものに興味関心が低いから、それを取り入れることに抵抗がある、取り入れない、故に排他的になっていく。
帰省した長男を近所に住む母のところへ顔見せに。母は孫の成長した姿を見て喜んでいたし、私と見比べて「あんたダサかったもんねえ」と私に向かって言う。そう、自他共に、今もダサいのだ。
とはいえ、私にも少しだけ垢抜けたように感じた時期があった。それは謹慎処分1ヶ月を受けて、スペインを1ヶ月旅して帰国した頃。1ヶ月ぐらい、美しい街を旅しながら暮らすと変化するのではないだろうか。その間、異国の地でいろいろ揉まれるから。
旅することは大事だし有用だけど、旅ばかりしていると世捨て人になる、とデルガドはいう。
熊大はダサかった。どこまでもダサかった。そして僕もダサかった。でも、水泳部の先輩、大学の同期は、外見はダサくても、人間的にカッコいい人が何人もいた。
僕の人生は見た目はダサいまま進むが、思考と生き様と経営、ビジネスはダサくないよう心がけたい。
それにしても、(長男の大学と新居は)世田谷かああ。
息子に「(第一志望の千葉大に合格して)松戸じゃ、この雰囲気にはならなかったな」と言ったら笑ってた。
彼が写真を撮りにいくのが新宿御苑、私なんか、白川の河川敷で騎馬戦だった^^
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私が書いています

代表取締役 小川勇人(おがわはやと)

代表取締役 小川勇人おがわはやと

1973年長崎の小さな工務店の長男として生まれる。2000年頃、シックハウス症候群と様々な社会問題が子育ての住環境に起因していることに気づく。以降、子育てを優先した家づくりに徹する。日経ビジネス誌にて「顧客の人生を助ける善い会社」として紹介(2015),著書「暮らしは変えられる」(2008)#妻と二男一女#ウルトラマラソン#登山#MBA(長大大学院,2014)#熊大工学部(1996)#長崎東#福大非常勤講師

暮らしは変えられる 「子育て優先」という選択 小川 勇人  (著) 小川 勇人のFacebook
子育ては、小川の家。