
一日一生
- 何のために論語を読むのか/孔 健
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数学者の広中平祐氏は、その著書「生きること、学ぶこと」の中で「学ぶことは知恵を広げ、知恵を深め、知恵を強める」という言い方をしています。
例えば、人間の脳は、一度覚えたものでも、使わない限り、
忘れてしまうようになっています。
必要に迫られてその知識を取り出そうとする場合、
過去に学んだことがあれば、
さほど苦労しなくても思い出せます。
広中氏はこれを「千枝の広さ」と表現しています。
また知恵があれば、物事を深く見つめることができ、
これが「知恵の深さ」であり、「知恵の強さ」があれば、
物事を判断するにあたって大きな力を発揮すると語っているのです。p29-p30 何のために論語を読むのか 孔建著
この一節のおかげで、学生時代に漢文に限らず「(目先役立つかどうかに関わらず)勉強すること」の意味が少し理解できました。
私の日常は、利害関係者の接点探し=交渉事ばかりです。
夫婦間であっても意見、利害、優先順位は異なりますし、金融機関、不動産会社、施工会社など、実際の家づくりの過程では、利害関係者の事情・要求は刻々と異なります。
毎日、発見→挑戦→失敗→反省→修正→発見・・・
この繰り返しです。
自身の人間力の成長を多少実感したかと思えば、
未熟さを痛感する時もある。
何も発信せず、よかれと思うことをやろうともしなければ、
嫌な思いや苦い経験、批判されることもないだろう。
一歩踏み込んでやるからこそ、
「しちゃいけないこと」と「すべきこと」の境界線が
骨の髄に刻み込まれていくように感じます。
私の場合、常に一歩踏み込んでやる習性があるせいか、
いつまで経っても「反省」材料に事欠かない。
挑戦して失敗した点に関して反省しているのだけれど、
「失敗・反省」という事象だけ見ると、「成長していない」となる(苦笑)
「世は、無常」と言われますし、実際にその通りだと思います。
常ではない、が前提なのですから、
それを踏まえて、どう生きるか。
「一日一生」を胸に
反省はすれど、後悔しないよう
目の前の家族と社会のためにベストを尽くしたい。